石臼の雑記

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4月・新生活・黒ソックス

4月ですね。新生活の季節です。

街を歩けば緊張と期待が入り混じった表情の新社会人、あるいは高校生や大学生の姿を見られるのでしょうか。

ちなみに私は見ておりません。外を歩くときは斜め下を見ながら早歩きで人を追い越していくのがデフォルトなオタクにとって誰がどんな顔をしているかなど見ないわけですね。人混みを縫うように追い越していく歩き方はかれこれ何年も続けていますが、デビルバットゴーストを習得できる気配はありません。今年新社会人になるような年齢層の人はアイシールド21を読んだことあるのか?という哀しい疑問が浮かびましたが、きっと通じるネタと信じて話を進めていきましょう。

 

今回のお話は、新生活という節目に関するとあるエピソードです。私がかつて経験した新生活の思い出話となります。

それは高校の入学式のことでした。高校デビューに胸躍らせるような精神は持ち合わせていませんでしたが、それでも当時は相応に若いのでこれからの高校生活に対する緊張を持ちながら学校に向かっていました。

学校に向かう途中、そこで私は同じ新1年生である1人の女子を見かけます。彼女は同じ高校に進学した中学校の元同級生でした。といってももちろん彼女となんらかの示し合わせをして同じ進路にしたわけもなく、たまたま知らぬうちに同じ高校にいたという程度の縁です。必要があれば事務的な会話をするくらいの知人、つまりはただの顔見知りがいた。このこと自体は特に物珍しさのないよく聞く話かと思います。

しかし「新生活」というあらゆるイベントに高揚感をもたらす不可思議な空気が、この邂逅を今に至るまで記憶に残るような思い出にしてしまうのです。

 

(黒ソックスも悪くないな)

彼女を一目みた瞬間私の脳内に浮かんだ一言がそれでした。私の中学校では女子は白いソックスが制服で、そして高校では女子は黒いソックスが制服となっていました。それゆえにその女子生徒が白いソックスではなく黒いソックスを履いている光景が凄まじく異質に映る。私は当時も今もソックスフェチだったことはありませんが、その日においては「見慣れたあの子がいつもとちょっと違うソックスをしている」という光景に特別感を感じてしまったわけです。冷静に考察できる今になってみると、「新生活」が精神にもたらす効果がいかに人の判断を狂わせるかをまざまざと感じさせます。

そもそも高校入学という華々しい新生活スタートの日に「黒ソックスもいいな」と考えるような男に楽しい3年間が送れるはずもないのではないでしょうか。入学式の日に真っ先に黒ソックスに目がいった時点で私という高校生の未来はある種定められていたような気がするのです。

 

そして当然ながら、黒ソックスなど毎日学校に通ううちに特別でもなんでもなくなってしまうのです。新生活という興奮作用がもたらした「特別」が、惰性の日々を送るうちになにも特筆すべきものではないと気付いてしまうことのなんと恐ろしいことか。

これから新生活を送る人も、きっとこのようなあらゆるものが新鮮に感じられ、そしてその全てがいずれ惰性で行われる毎日のルーティーンの一部になっていくという経験をしてしまう恐れがあるのです。私が黒ソックスに股間のざわめきを覚えなくなったことも、私自身の(性的嗜好の)開拓精神の欠如がもたらした悲劇です。

しかしこと社会人の生活においては、常に新たな要素に目を光らせ吸収しようとする姿勢を忘れなければ、毎日を漠然と過ごすことを回避し、前進する手ごたえのある毎日を送れるのではと思います。世のフレッシュマンな方々が、彩ある人生を過ごせることを祈っております。

 

黒ソックスはすぐ日常の一部になったけど、夏制服の透けブラは毎日見ても飽きなかったからやっぱりエロスは直球ストレートに限る。